ハワイの歴史

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ハワイの歴史

ハワイは1959年に米国50番目の州となった最も新しい州ですが、その歴史は十数世紀も前にさかのぼります。およそ1,500年前、マルケサス諸島のポリネシア人が無人島だったハワイ島に最初に到達しました。星の明かりだけを頼りにカヌーで3,200km以上を航海してハワイ諸島にやってきました。

500年後にはタヒチから多くの移住者がやってきます。彼らは古代ハワイにおける信仰の基礎となる神や半神半人の思想を持ち込み、カプ(タブー)による厳格な社会階層を導入しました。ハワイ文化は数世紀にわたり隆盛を極め、フラという芸術、サーフィンというスポーツが生まれました。しかし、政治的には酋長による土地分割の争いが頻繁に起こっていました。

1778年、キャプテン・クックがカウアイ島ワイメア湾に上陸。サンドイッチ伯爵にちなんで諸島を「サンドイッチ諸島」と名付けたクックは西洋との扉を開きましたが、上陸からわずか1年後、ハワイ島のケアラケクア湾で殺害されました。

1791年、ノース・コハラ生まれのカメハメハがハワイ島の敵対勢力を統一し、さらにハワイ諸島全域を1810年に統一して1つの王国とし、ハワイ王国が誕生しました。厳しい戒律を含むカプによる統治が続きますが、1819年、カメハメハ大王の死後1年も経たないうちに、息子のリホリホがカプを廃止します。

1820年、最初のプロテスタント宣教師がアメリカ東海岸のボストンよりハワイ島に上陸、後にホノルルに施設を建てて布教活動を展開、カプの終焉後に失われていたハワイの人々の価値観を新たなものにしました。ハワイは船乗り、貿易商、捕鯨漁民の集まる港となり、捕鯨産業がマウイ島のラハイナ港で栄えました。ちょうどこの時期、ハワイ経済の発展に伴い西洋から入ってきた病気で、ハワイ先住民の多くの命が失われていました。

西洋の影響は引き続き拡大していき、ついに1893年、ハワイの経済をほぼ支配していた米国からの入植者が、ハワイ王国支持者であるハワイアンと対立しながらも、王国を平和的なクーデターで転覆。1898年、ハワイは米国の属領となりました。

20世紀になると、砂糖とパイナップル農園がハワイ経済を牽引し、日本人、中国人、フィリピン人、ポルトガル人の移民が押し寄せました。ジェームス・ドールの事業の成功でラナイ島は世界でも有数の輸出用パイナップルの産地となり、「パイナップル島」として有名になりました。このように移民の人種がさまざまだったことから、ハワイの今日の人口構成は非常に多様なものとなっています。

1941年12月7日、日本はオアフ島のパール・ハーバーを奇襲攻撃。4年後の1945年9月2日、現在もパール・ハーバーに置かれているUSSミズーリ船上で日本が無条件降伏に署名し、第二次世界大戦が終戦を迎えました。そして1959年、ハワイは米国50番目の州となりました。

現在、ハワイには世界中からたくさんの人がアロハ・スピリットを体験しに訪れます。太陽や美しい海など素晴らしい自然に触れることに加え、ハワイの豊かな歴史や文化に触れると、旅行がもっと楽しくなるはずです。