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1100年頃にポリネシアン人が移住してから数百年もの間、外界との接触が途絶えていたハワイに、初めて西欧人として足を踏み入れたのが英国の探検家ジェームズ・クックです。1778年、大西洋への北西航路の調査中にオアフ島、カウアイ島、ニイハウ島を発見したクックは、カウアイ島のワイメア湾に寄港。物々交換により食料等を調達したのち、北への航海を続けたものの、北西航路の発見に失敗します。翌年、再びハワイに戻り、ビッグ・アイランドに上陸すると、今度は意外にも島民たちの絶大な歓迎を受けることになります。これはちょうど上陸した日が祭りの最中であったこと、島を時計回りにケアラケクア湾(神の道の意味)に入港したこと…など、たまたま偶然が重なり、「クック=島に伝わる神・ロノの化身」と勘違いされたためだったようです。
しかし、徐々に島民との間にいさかいが増え、ついには流血の争いが勃発し、クックは殺害されることに……。 この出来事は、鉄や火薬を使った武器をはじめとする西欧文明の伝来、天然痘、百日咳、はしかなど疫病の蔓延による人口の減少など、その後のハワイに大きな影響をもたらす発端になりました。また、生き残った船員たちが海図を持ち帰ったことも、その後多くの外国船がハワイを訪れるきっかけになったようです。その後、アメリカ人は捕鯨の拠点として目をつけ、ハワイに上陸し、富を得ました。さらに、宣教師も海を渡り、ハワイで英語を広めていきます。
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クック船長がカウアイ島で出会った島の首長の肖像画。鳥の羽を使った立派な帽子とケープを身につけています。クック船長に同行した画家、ジョン・ウエバー作 |
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鳥の羽で覆われた戦いの神、クーカイリモク。ハワイアンは島同士の戦いにはこれを携えていました |
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ビッグ・アイランドの西海岸、コナ・コーストにあるキャプテン・クック記念碑。クック船長が寄港した場所です |