近代式航海計器は一切使わず、星や波、風などの自然環境の変化を読み取り、記憶することで、水平線しか見えない大海原上での位置を把握し、針路を定める航海術-スターナビゲーション-。ナイノア・トンプソン氏は、古代ポリネシア人が数千年前から継承してきたこの伝統航海術を、現代科学と結び付けながら普遍化し、「ホクレア号」を30年間、10万マイルの航行へと誘ってきた偉大なるナビゲーター(航海士)。ホクレア号の現在、未来について伺いました。
「ホクレア号」は現在、ハワイ州周航プロジェクトの航海の真っ最中ですね。
ホクレア号の進水30周年を記念したプログラムの一環で、ハワイ6島の35港、3000マイル(約5500キロ)、7カ月間の航海をしているところです。この航海は30年間を振り返りながら、プロジェクトに協力していただいた多くの方々、特に我々に知識を授けてくれた年配の方々に敬意を表すこと、そしてコミュニケーションを取ることを目的とするものです。
「ホクレア号」は、これまでに7回の遠洋航海を体験し、10万マイル(約18万5000キロ)=地球4周分ほどの距離を航海してきました。すばらしい思い出や業績と同じ数だけ、つらく悲しい経験も積んできました。そのすべてに感謝し、祝福する30周年となるよう願っています。
プロフィール ナイノア・トンプソン
1953年、オアフ島ホノルル郊外の町に生まれる。幼少より海に親しみ、フイ・ナル・カヌークラブに所属。近所に住んでいたハワイの芸術家、ハーブ・カネ氏から「ホクレア号」のプロジェクトを聞き、1974年のカヌー建造時から関与。1976年のハワイ~タヒチ間航海の後、同航海にてナビゲーターを務めたミクロネシアの伝統航海士、マウ・ピアイルグ氏に師事。ハワイに伝統航海術をよみがえらせた。現在、カヌーを通して、地球環境保全、海洋文化継承など幅広い教育活動を展開している。ポリネシア航海協会会長、ビショップ財団理事。
クルーには、「ホクレア号」誕生時には生まれていなかった、若い世代も含まれているそうですね。
今回の航海は、世代と世代を結びつけながら、次世代のキャプテンとナビゲーターを育てることも大きな目的としており、12名のキャプテン候補、4名のナビゲーター候補が乗船することになっています。テクニックの習得だけでなく、これまでに「ホクレア号」と関わりの深い諸先輩方と出会うことで、ハワイがどれだけすばらしい場所であるか、そしてハワイを守るために、今後何が必要とされるのかを、しっかりと学んでほしいと思います。
来年は、あなたの師であるマウ・ピアイルグ氏が住むミクロネシアのカロリン諸島にあるサタワル島に向けて、帆が揚げられる予定とか。
ええ。今のところ、2006年1月を予定しています。1975年に「ホクレア号」が完成した当時、私たちの知識はあまりにも未熟で、とても伝統航海術で、つまり航海計器を使わずに4000キロもの遠洋航海を成功させられる状態ではありませんでした。そんな私たちをサポートし、ナビゲーターとしてタヒチのパペーテ港へ導いてくれたのが、ミクロネシアの伝統航海士、マウ・ピアイルグ氏でした。
マウ氏が継承した航海術は、一族の間だけに口承されてきた秘術でしたが、彼は、その知識のすべてを、20年もの歳月を費やして私たちに教授してくれました。優れた文化が失われることへの危機感からくる決意だったと思います。
ところが皮肉なことに、ミクロネシアで伝統航海術を継承する人物は、彼が最後になるといわれているのです。「ホクレア号」のサタワル島航海は、ハワイでは完全に失われていた伝統航海術を、現代まで守り続けてくれたミクロネシアとマウ氏へ、2つのギフトを捧げるために企画されたものなのです。
2つのギフトとは、具体的にはどのようなものなのでしょうか?
1つは、伝統航海術の文化継承のため、ハワイで建造中の航海カヌーをミクロネシアに贈与することです。もう1つは、伝統航海術を大切に保存し、後継者を育てるための教育機関を設立する足がかりを築くこと。これに関しては、まだ構想の段階ですが、ハワイだけではなく、太平洋全体をカバーする教育機関になるはずです。そしてマウ氏が選んだ優秀なナビゲーター候補者をミクロネシアから招き、ここで伝統航海術を学習してもらいたいと思っているのです。
オアフ島のとあるビーチに停泊するホクレア号。30年にわたり続けられてきたホクレア号のチャレンジは、考古学的な調査というスケールをはるかに超え、ハワイの人々の「誇り」や「希望」を象徴するものになっている。
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