
東海岸から太平洋の真ん中まで、地球をほぼ半周する広大な範囲に広がるアメリカ合衆国。その広大な合衆国の南の端っこは、ハワイ島にあるのをご存知でしたか?地図を見ると、東西南北に角が突き出した菱形のようなハワイ島。その南の岬がアメリカ最南端の地で、その名もサウス・ポイントと呼ばれています。
ビーチもあれば、活火山から熱帯雨林、雪の降る高山まで、バラエティに富んだ自然を楽しめるのがハワイ島の醍醐味ですが、このサウス・ポイント一帯も他とは違った風景を目にすることができる場所。ハイウエイ11号線から真っすぐ10マイルほど伸びるサウス・ポイント・ロードを南下すると、たどりつくことができます。途中見えるのは、ほんの数件の農家と放牧された牛。道を下って行くと周囲には遮るもののない乾いた原野が広がり、その寂しげな風景はいかにも最果てという雰囲気。常に強い風が吹いているため、生えている木はみんな斜めに傾いでいるのも不思議な光景です。途中風力発電のための巨大なプロペラ群があるのも、どこか異世界的。
“K・A・L・A・E”と書かれた看板が見えてくると岬まではもうすぐ。やがて右に折れる道が現れるので、こちらにハンドルを切ります。数台の車が止まっているスペースが右下にみえてくると、そこが目的のサウス・ポイント、合衆国最南端の地です!岬は10m以上の断崖が真っすぐ海に落ちる絶壁。目の前に広がるのは4000km先のタヒチまでさえぎるもののない大海原です。崖からおそるおそる覗き込むと海はとても透き通っていて、底の岩や珊瑚がはっきりとわかるほど。この崖には地元の人たちがあちらこちらに腰を下ろしていて、断崖の端から釣り糸を垂れてる姿も見かけます。ところで、この崖にはなぜか、木枠で作られた飛び込み台のようなものがいくつか取り付けられています。これは、度胸試しでダイブする人のためのもの…ではなくて、釣り船を引き上げるための滑車台。でも、海が凪いでいる日には、実際ここから飛び込む若者がけっこういたりするんですよね…。(実は私も飛び込んで、尾てい骨を思い切り水面で打った思い出が…)。やってみたい?自分のリスクで飛び込むのはいいけれど、外海のサウス・ポイントは見た目よりもずっとずっと波の高いところ。もちろんライフガードもいません。ヘタをするとあがって来れなくて溺れる可能性も考えて、くれぐれも無茶はせずに…(というのがやってみての私の感想)。
さて、断崖から海に向かって左手を見ると、沖を航海する船舶のためのビーコンが建っています。この辺りの陸地は海面まで続く低い岩場になっています。実は、ここ、遠く南太平洋からカヌーの旅を続け、ハワイを発見したポリネシア人がはじめてハワイに上陸した場所。昔のポリネシア人がカヌーを繋いだもやい穴が、今も残っているというヒストリック・プレイスです。1000年以上も昔にここにたどり着いたポリネシアの人たち。いったいどんな思いでサウスポイントの風景を眺めたのか、この場所を見て悠久の時に想いを馳せてしまうのは私だけではないでしょう。

海に向かって真っすぐ下りていく荒野の中の道。荒涼とした風景だ。

途中に現れる風力発電のプロペラ。
フィン、フィンと不思議な音をたてて回転するが壊れたまま放置されているものが多いのも、
最果てらしい風景か。

最南端の地は切り立った崖で終わっていた。
この日はお天気がよく、たくさんの釣り人が集まっていた。

いにしえのポリネシア人が長い航海を終えたカヌーを繋いだ穴。
オアフ島のザ・バスはともかく、ハワイのネイバーアイランズには公共の交通機関があまりなく、 移動は車というのがもっぱら。でもその昔、各島には鉄道が走っていたのをご存知ですか?サトウキビのプランテーション華やかなりし頃1800年代の後半から1900年の前半に掛けて、各島にはサトウキビの運搬および旅客用の鉄道網が張り巡らされ、一般の人の通勤などにも利用されていたのです。
ところがこの鉄道、ランニング・コストが格段に安く、小回りの利く自動車—トラックが登場するにつれ、輸送手段としてのメリットを失います。サトウキビ列車は1950年代には廃線になってしまいました。
そのハワイいにしえの鉄道の記録をとどめた博物館がハワイ島にあります。場所はヒロとホノカアのちょうど真ん中に当たる、ラウパホエホエという小さな町。かつての駅長さんの家をそのまま展示室にしたというミュージアムで、そのこぢんまりとした佇まいは、知らなければ素通りしていまいそうなほど。 ところがあにはからんや、この小さな博物館には、鉄道好きもびっくりするぐらいたくさんの当時の写真や資料が詰め込まれています。 当時の列車の旅を写した貴重なビデオを見ることもできますし、駅長室の前には、当時のプラットフォームがそのまま歩道として残されています。また敷地の庭には当時の引き込み線の上に貨車を復元したものや、実際に使われたエンジン(まだ動く!)も展示されています。
ちなみに、このラウパホエホエはハワイ島の東側、ホノカア—ヒロ—パホアを繋ぐ旅客鉄道の駅でしたが、1946年に島を襲った津波によって線路は壊滅的な打撃を受け、廃線になったといいます。ハイウェイ沿いにある、当時の痕跡を今に見る場所も教えてくれるので、ハワイ島のイースト・コーストをドライブする時は、立ち寄ってみてはどうでしょう?いにしえのハワイを垣間みる、ユニークな体験ができるはずです。
ラウパホエホエ・トレイン・ミュージアム
Laupahoehoe Train Museum
営業時間:9:00〜16:30、土・日曜10:00〜14:00
休み:なし(クリスマスなど主要な祝日を除く)
住所:36-2377 Mamalahoa Hwy., Laupahoehoe
電話:808-962-6300
URL: www.thetrainmuseum.com

かつてのプラットフォームは、今は歩道に。建物の壁には当時の駅の様子が描かれている

展示室は、駅長さんが住んでいた当時の様子のまま。ここは駅長夫妻のベッドルームだった

当時の貨車も復元され、庭に展示されている。中央に見えるのは汽車のエンジン。
今も立派に動く。運がよければ動かすところをみせてもらえるかも
今日はハワイ島に伝わる伝説をひとつご紹介しましょう。ハワイ島の花はオヒア・レフアという花。オヒアは火山国立公園やプナ・エリアに広く植生するハワイ固有の樹木で、溶岩が流れた後、不毛の大地に一番最初に生えてくるたくましい植物です。その木に咲く花は木とは別の名前を持っていて、それがレフア。なぜひとつの植物が木と花で違う名前を持っているのでしょう。 それはハワイに古くから伝わる伝説にもとを発しています。ハワイにはたくさんの伝説がありますが、その中でも一番よく知られている話がこのオヒア・レフアの伝説なのです。
かつてハワイ島にオヒアとレフアという美しい恋人同士が住んでいました。ある日、オヒアがハワイ島の南東部にあるプナの森を散策しているところを火山の女神ペレが見かけます。大変ハンサムだったオヒアに一目惚れしてしまったペレは、オヒアに自分の恋人になるよう迫ります。ところがオヒアにはレフアという将来を誓った恋人が。オヒアは丁重にペレの申し出をことわりました。この答えに大変怒ってしまったペレは、すぐさまオヒアをプナの森に生える木に変えてしまい、オヒアは恋人のところへ戻れなくなってしまいます。その日からレフアの受難は始まりました。いつまでたっても戻ってこない恋人を探し求め、レフアは泣きながらプナの森をさまよいました。レフアが泣く度には雨が降り続き、プナの人々はいつまでも太陽の光を見ることができません。この事態に何事かといぶかしんだ他の神々がレフアに事情を聞いたところ、恋人が木に変えられてしまった事で悲しんでいるのだとわかります。同情した神々は、さりとて一旦木になったオヒアを人間に戻す事はできず、代わりにレフアをその木に咲く花にしてあげることで、再び一緒になれるように取りはからったのでした。
この伝説はハワイに住む人なら誰もが知っているお話。今でもハワイアンは、むやみにレフアの花を手折るな、と子供たちに教えます。「むやみにレフアを摘むと、オヒアと離ればなれになった彼女が泣いて、雨になる」と信じられているのです。

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